米市場最大の金融詐欺ともいわれているFTX事件。古典的な金融詐欺の手法であるポンジスキームとの類似性も指摘されています。
この記事では、そもそもFTX事件はなぜ起こったの?ポンジスキームとの関連性は?についてまとめます。
FTX設立以前のストーリー
サム・バンクマン=フリードはマサチューセッツ工科大学を卒業後、上場投資信託のトレーダーとして経験を積み、2017年アラメダ(Alameda Research)を設立し、暗号資産トレーディングに参入します。アメリカと海外での暗号資産の価格差を活用した裁定取引で数十億ドルを稼いだと言われています。
サム・バンクマン=フリードの経歴(暗号資産業界への参入前)
サム・バンクマン=フリードは、1992年、スタンフォード大学ロースクール教授の両親のもとに生まれました(なお、名字のバンクマン=フリードですが、お母さんの名字がフリード、お父さんの名字がバンクマンであり、両親の名字どちらも名乗っているということになります)。
大学は2010年に名門マサチューセッツ工科大に進学し、物理学の学位を取得しています。大学卒業後は、ウォール街の大手トレーディング会社であるJane Street Capitalで上場投資信託のトレーダーとして働いていました。
Jane Street Capitalとは?
Jane Street Capitalは、2000年に設立された世界最大級のマーケットメイカーであり、EFTのトレーディングを得意としています。日本の株式市場でもマーケットメイカーとして日本取引所グループから指定を受けています。
Jane Street Capital はマーケットメイカーとしての役割もこなしながら、自己勘定での取引も行います。市場の分析に重点を置いており、投資手法としてはクオンツトレーディングを採用しています。
サム・バンクマン=フリードは、Jane Street Capitalでクオンツトレーディングを学び、その経験に基づき、2017年暗号資産トレーディングに参入します。
アラメダの設立、裁定取引による成功
当時、韓国、日本の暗号資産はアメリカの価格よりも高い状態でした。この状態は「キムチプレミアム」と呼ばれています。この価格差に目を付けたサム・バンクマン=フリードは、別の市場で安い価格で購入した暗号資産を日本で高い価格で売却し、巨額の利益を得ました。
故郷のカリフォルニアに戻ったサム・バンクマン=フリードは、2017年11月、ヘッジファンドであるアラメダ(Alameda Research)を設立します。当時、海外市場、特に韓国・日本ではアメリカよりも高い価格で暗号資産が取引されていました。この価格差はキムチプレミアムとよばれます。
理論的には、ビットコインはアメリカでも日本でも同じ価格であるべきですが、当時はこのような価格差が生じていました。このような理論値との価格差を使ってマージンをとる取引は裁定取引といいます。
Jane Street Capitalでクオンツトレーディングの経験を積んだサム・バンクマン=フリードは、2018年の年明けからアラメダを通じて裁定取引を実行、暗号資産の内外価格差の取り込みにより巨万の富を得ます。このとき26歳。暗号資産業界で一躍、時の人となります。
FTXの設立、終わりの始まり
アラメダは裁定取引により短期で数十億ドルの利益を出したと言われますが、キムチプレミアムは縮小の一途をたどり、アラメダの事業機会も縮小します。次のビジネスとしてサム・バンクマン=フリードが参入したのは暗号資産取引所事業でした
裁定取引の収束、ポンジスキームの兆候
2019年に作成されたアラメダの投資家向け説明資料には、ポンジスキームの特徴が見て取れます。具体的には、元本保証かつ市場水準よりも大幅に高い固定金利の二点になります。
キムチプレミアムの縮小により、アラメダは裁定取引以外のビジネスにも目を向け始めます。アラメダの投資先は100社超に上ると言われています。暗号資産関連ではソラナベースの分散型取引のSerumやソラナなどが投資ポートフォリオに入っています。
莫大な利益を生んだ裁定取引が収束する中で、アラメダは新規投資家向けのピッチ資料のなかでこのように投資商品をこのように説明しています。
- 固定金利ローンで年利15%
- 元本と利子の支払保証
アラメダのポートフォリオは市場の変動に関係なく、右上がりで成長しています。
下記にリーマンショック時に発覚したポンジスキームであるマドフ事件のポートフォリオの成長カーブを記載しています。市場が変動するなかで、高利回りを約束し、ポートフォリオが常に成長し続けている点は、ポンジスキームの典型的な兆候と指摘されています。
FTXの設立
設立以降急速にユーザーを獲得し、世界第二位の暗号資産取引所に成長したFTXでしたが、あるべきコーポレートガバナンスはほとんど機能していませんでした。資金調達においても投資家にチェックされることなく、FTXは経営破綻に向かった進み続けます
2019年4月、サム・バンクマン=フリードは暗号資産取引所であるFTXを設立しました。サム・バンクマン=フリードの業界でのプレゼンス、暗号資産の取扱数や取引システムのユーザビリティからユーザー数は急速に拡大し、バイナンスに次ぐ世界第二位の規模の取引所に成長します。
2022年、FTXはシリーズAラウンドとして企業価値評価額80憶ドルで、資金調達4億ドルを実現します。投資家はテマセクやソフトバンクなどが含まれています。
なお、この資金調達においては、FTXがまだ設立3年目のスタートアップということもあり、デューデリジェンス(DD)による精査を行い十分に行われていなかったと考えられます。このような場合には、サム・バンクマン=フリードなどの経営者が不正はしていないので安心してください、という旨投資契約書で表明します。
なぜソフトバンクが出資したときに不正を見抜けなかったのか?という疑問が出ると思いますが、スタートアップへの出資実務上はDDの実施に限界があるということが一つの要因だと考えられます。
コーポレートガバナンスの欠如
FTX破綻処理のために任命された現FTXのCEOジョン・レイは、FTXのガバナンスを「40年間のキャリアの中で、FTXほど企業統治が完全に欠如しており、信頼できる財務情報が無いケースはなかった」と破綻処理届出書の中でコメントしています
米連邦破産法11条(通称、チャプター11)の申請書類の中で、エンロンの破綻手続きも経験しているジョン・レイがFTXを評しています。具体的にはこのような不備や問題が指摘されています。
- 詳細な口座情報のリストが存在しないので、いったいいくらキャッシュがあるかわからない
- 従業員リストが存在しない
- 経費申請がチャットで行われ、承認は絵文字でされていた
- 顧客資産流用を隠ぺいするソフトウェアの活用
- アラメダとの間の取引に関するガバナンスの欠如
FTXの破綻
アラメダがFTX顧客資産を流用して資金を溶かしてしまったこと、FTXの自社トークン(FTT)を担保に融資をうけていたがFTTの価値が暴落してしまったことがFTX経営破綻の原因として挙げられます
自社トークン(FTT)の発行
FTXは、自社トークンであるFTTを発行し、保有ユーザーに対して手数料の低減やステーキング(貸し出しによる金利収入)などを提供しました。FTXにより多くのユーザーを呼び込むための仕組みとも言えます
FTTは保有ユーザーへの特典やFTX将来成長への期待感などから、一時期84ドルまで上昇しました。
アラメダの役割と資金調達スキーム
アラメダはFTXのマーケットメイカーでした。一方で、FTXからFTTの融資をうけ、それを担保にして投資を実行していました
アラメダはFTXから調達したFTTを担保として、暗号資産の空売りや暗号資産関連企業への投資を行っていました。FTTの価格が上がり続けるかぎり、アラメダはより資金調達ができ、より投資ができるという循環が生まれます。
一方で、FTTの価値が下がり、投資資金の引き上げが要求されると一気に資金枯渇に陥ります。
破綻の始まり
2022年5月のテラ・ルナの大暴落により、アラメダは流動性危機に陥ります。これを救ったのがFTTを担保とした融資とFTX顧客資産の流用でした
2022年5月、暗号資産テラ・ルナの大暴落により、アラメダに投資していた投資家からの資金が続々と引き上げられました。この結果、アラメダの手元資金は枯渇します。
この資金不足をおぎなったのは、いまだ市場価値のあったFTTを担保にした融資と、FTX顧客資産の流用でした。
市場の暴落においてもFTTの価値はなぜ高いままなのかーーー
疑問に思ったのが当時FTXの株主でもあったバイナンスのCEO、チャンポン・ジャオでした。
砂上の楼閣の崩壊
2022年11月、CoinDeskの記事により、アラメダの財務健全性に対してマーケット参加者の中で疑問が沸き上がります。FTXの破綻は、FTTの価値そのものに疑問をもったチャンポン・ジャオのツイートから始まります。
これに対して、当時のAlamedaのCEOであるキャロラインはこのように返答します。
なお、アラメダ元CEOのキャロラインは、サム・バンクマン=フリードとJane Street Capitalで同僚であり、引き抜きに応じてアラメダに参画しています。
このやり取りの結果、空売りを浴びせられたFTTの価値はほぼゼロとなりました。
また、顧客からの預金引き出し要求に対しても、アラメダに顧客資産が流用されていたことから、引き出しに応じることができず、事業の継続を断念。サム・バンクマン=フリードはCEOを退任し、FTXは経営破綻手続きに入ることが決定されました。
まとめ
この記事では、米国市場最大の金融詐欺と言われるFTX事件の経緯についてまとめました。
コーポレートガバナンスがほぼ機能していない中、他の暗号資産への相場操縦を含めて全貌は今後の裁判で明らかにされるはずですが、FTXユーザーおよびアラメダへの投資家に対してどのような詐欺が行われたのかをあらためてまとめます。
アラメダを存続させるために、FTX顧客資産をアラメダが流用するのを認めていた
固定の高利回りを約束していたが、その埋め合わせはFTX顧客資産からなされていた。また、FTTの価格が安定していない限り成り立たないスキームだった
ポンジスキームは運用実態がないのに新規投資家からの元本入金をもとでに既存投資家にリターンを分配するものであり、定義としては完全にFTX・アラメダのケースには一致しませんが、顧客資産を流用したという点については古典的な金融詐欺と言えます。
FTXで重要なのは、詐欺の手法が古典的なものであり、それが現在比較的新しい投資手段である暗号資産で起きた、ということです。人は忘れる生き物であり、暗号資産にかぎらず今後もこのような投資における顧客資産の運用は起きると思われます。折にふれて過去金融詐欺でどのようなことが起きたのかをふりかえってみるのが詐欺に引っかからないためには重要だと思います。
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